お題:最近見た夢

お題「最近見た夢」

 

夢日記をつけると気が狂うと聞いたことがあるので若干文にするのが怖いのだが、今回だけなので大丈夫だろう。

 

最近、疲れているのか寝ていても3時間ごとに目が覚めたり、アラームを設定した時間の1分前にパッと目が覚めたり、3日連続で勝手に6時キッカリに目が覚めたりする。

 

私はもともとは朝が苦手で、ウォークマンと携帯と目覚まし時計の3つでアラームをセットしていても、全然聞こえなくて起きられないほどだった。

夢なんかほぼ見ることもなかったのだが、最近は眠りが浅いようでよく夢を見る。

しかも、現実と混ざったような内容がほとんどで、たまに本当にあったことなのか夢でのことなのかわからなくなる。

 

つい最近、付き合ってくださいと告白された。

その人とは仲が良かったし、普通に人間として私も好きだったし、面白い人だと思っていたけれども、お断りをした。

細かいことは書かないが、今私は誰かとちゃんとお付き合いをしていく自信がなかったのだ。じつは自分ひとりの体で毎日を生きていくのも精一杯だ。

相手に不満があったのではなくて、私に余裕がないから断った。

 

とはいっても、せっかく仲良くなったのにこんな形で気まずくなったり話せなくなったりするのは悲しい。

だが、今までのように仲良くしたいと言ったら無神経だろうか、相手にとっては酷なことだろうかとずっと考えていた。

そんなことで頭がいっぱいの状態で、その日は眠りについた。

 

するとわかりやすく、夢にそれがでてきた。

やっぱり、このまま疎遠になるのは悲しかった。

私の身勝手かもしれないが、ちゃんと話がしたいとその相手に声をかけた。

一瞬逃げられそうになったが、必死に引き留めた。

私は思い切って、このままさよならになるのは嫌だ、今までのように仲良くしてほしいと伝えた。

少し困ったような顔をされたが、いいよ、今度またなにか一緒に食べに行こうと言ってくれた。

私はとてもホッとした。

 

 

ここで、目が覚めた。

うつ伏せになっていて苦しかった。目の前には5時58分を指す時計が見えた。

部屋は暗く、寒かった。

まだ寝ぼけていた。とりあえず携帯を見てLINEを開くと、昨日の寂しそうな相手の文面がそのまま残っているだけだった。

 

ここでようやく、現実に引き戻された。

良くなった夢が覚めたあとの現実は本当に辛いものだと実感した。

 

 

かと思えば、相変わらず睡眠も浅く寝覚めもよくないが、まったく反対のこともあった。

 

パッと目覚めたとき、なぜか私の体は揺れていた。

揺れているのに気づくまで時間がかかったが、うつ伏せで体が動いていた。

ただ揺れているのではなくて、私はケラケラと声を出して笑っていたのだ。

 

自分の笑い声とその振動で目覚めて、怖かった。

我に返って思い出すと、学校の友達がなにかくだらないギャグを言っていて、それであんなに笑っていたのだ。

 

夢の中で笑っていただけなのに、現実でも実際に声を出して笑ってしまっているなんて怖すぎる。

もしかしたら秘密のことが夢にでてきて、知らないうちに寝言で話してしまうこともあるかもしれない。怖すぎる。

 

それで今、泉鏡花の「外科室」という小説を思い出した。

というか、その懸念が主軸となって物語が動く。

 

胸を病んで外科手術を受けることになったが、眠ってしまうことを嫌がって麻酔にかかろうとしない夫人がいた。

夫人は、眠っている間に自分がうわ言で、ある秘密を言ってしまうことを恐れて是が非でも麻酔を打たせようとしなかった。

結局、あまりの意思の固さに外科医は折れ、麻酔をしないまま手術をすることとなる。

だが途中で、夫人は外科医の手ごとメスを持ち、自分の胸に突き立ててそこで絶命してしまう。なぜここで死んでしまったのかは諸説ある。

その後の物語では外科医の過去が描かれ、その夫人と若かりしころから心を通わせていたようなことが明らかになる。

夫のある身でありながら今でも外科医を忘れられぬということを、夫人は必死で隠そうとしたのだった。

 

とてもざっくり書くとこんなあらすじの話だ。

眠っている間に自らの口から秘密がバレるのを恐れて、麻酔なしで外科手術を受けるなんて正気の沙汰ではない。

だが、それくらい寝言を恐れる気持ちはとてもわかる。

誰にだって何がなんでも人に知られたくない秘密があるはずだ。

それが一番バレるリスクが高いのは、意識のない眠っているときなのかもしれない。

 

話がかなり脱線してしまったが、私は夢を見て良かったことのほうが極めて少ない。

目が覚めた現実がどん底な場合がほとんどだ。

 

夢と現実のギャップで朝から心が重くならぬよう、横たわっているだけで見られる幸せな夢より、自分で動いてより良い現実を作っていきたいものである。

 

 

あたたかさを求める

最近、朝夕だけでなく昼間にも冷たい風が吹くような日が増えてきた。

空気も乾燥していて、洗顔後の顔のツッパリがひどい。

つい1週間ほど前まで30℃くらいに気温が上がって夏が悪あがきをしていた今年でも、秋が来て冬になるという自然の摂理から逃れることはできないようだ。

 

この時期になるとみんな、さびしい、人肌恋しい、かなしい、切ないと哀愁の心を口にしはじめる。

私も例に漏れずこの時期にはそんな気持ちになることが多い。

日の落ちる早さにも気温の下がる早さにもついていけないまま、まだ衣替えの済んでいない薄着の心はうっかりしていると風邪なんかを引きそうにもなる。

そして寒くなるこの時期に変化が表れるのは心の中のことだけではない。

 

人間は恒温動物だ。体温を維持するために、動いていなくてもエネルギーを使う。

そのため気温の高い夏よりも冬の方がカロリーを消費するため身体が痩せやすいらしい。

 

だが私はこれに当てはまらない。

毎年、夏にいちばん体重が軽くなって、冬には一気に体重が増えてしまうのだ。

あまり体重が増減するのは健康的ではない気がしてこの傾向を直したいのだが、なぜか毎年このように変動してしまう。

 

なぜ冬に体重が増えてしまうのか、考えてみた。

体重が増えるということは、当たり前だがほかの季節よりも食べ物を多く食べているということだ。

もともとそんなに食べるほうではないが、私の基準では普段よりも食べる量が多くなっている。

なぜ私は寒い冬になるとたくさん食べ物を食べてしまうのだろう。

もしかしたら、冬眠をする動物のように本能レベルで身体が動いて、冬に向けてエネルギーを蓄えるためたくさん食べるようになっているのかもしれない。

 

たしかに、寒いと多くエネルギーが消費される。体温を奪い、私たちを弱らせる。

冬の寒さは遠慮無しに、私たちの生命力を削ってくるのだ。

 

考えてみれば私はこの、生命力が削られる感覚が怖いのかもしれない。

 

私は末端冷え性で、このごろの時期から春先まではいつも指先や爪先が冷えている。

自分の身体から体温が外に溶け出してしまって、戻ってこないのがなんとなく怖いのだ。

 

体温があるということは、命が維持されている証でもある。

人間は死ぬと身体がどんどん冷たくなっていく。

そして体温が再びその身体に戻ることはない。

 

体温が奪われることで、私は生命力が削られていくような感覚に陥るのだ。心身ともに弱っていくのを感じる。

だから、寒い冬になるとそれが怖くて、体温を作り出すエネルギーを切らしてはいけないと、いつもより多く食べ物を食べてしまうのだろう。

 

もうひとつ、なんとなく冬が怖いと思うのには心あたりがある。私の親族が亡くなる季節はたいてい寒さの厳しい季節なのだ。

まだ私はそんなに長く生きてきたわけではないから、たくさん人の死に接したことはない。

しかし、少ないその記憶をたどって思い返してみても、その悲しい場面は毎回といっていいほど冷たい風の吹きつける季節なのだ。

 

偶然ではあるがそういう傾向があるため、私のなかでは冬は生命が尽きる季節でもあるというイメージができてしまった。

 

暖かい季節には忘れたと思っていても、寒くなってくると毎年かならずこのことが胸によぎる。

だから、本能レベルで私は冬を怖がっているのかもしれない。

 

それらのことを考えると、寒い冬に私の体重が増えてしまうのは自分の思う生命力の象徴である体温を絶やさないために、自然と食べ物をたくさん食べているからなのだろう。

私の、生きていくための防衛本能が働いてのことだった。

 

とはいえ、これは私の感覚に限ったことではないような気もする。

みんなの心に

さびしい、人肌恋しい、かなしい、切ない

というような感情が湧いてくるのも、寒さの厳しい季節をむかえるために、体温を分けあう誰かを欲しているからなのではないだろうか。

 

誰かと一緒にいると、触れている肩は温かいし、心も温もっていく。

一緒にご飯を食べるとその温かさを分けあって、体温もいつもよりたくさん作られる気がする。

くり返すが、体温は生命力の象徴だと思う。

きっと、みんな簡単に失われぬようにより温かな生命力を求めて、寒い季節に誰かの体温を欲するのかもしれない。

 

もうすぐ、寒さの冬が訪れる。

今年、私の体温は冷えた街の空気にどれだけ溶け出していくだろう。

私の身体に戻ってこなくても、それはそれで仕方ない。

その分、温かくて美味しいものを食べてまた体温を作ろう。

溶け出した体温がもし回りまわって誰かを暖めていたなら、少しばかり体重が増えるのも無駄ではなくて、悪くないことのように思える。

 

 

ぱっと見ではわからない

昨日、付き合いも長くて普段からよく一緒にいる友達と、私たちの共通の知り合いに久しぶりに会った。会うのは半年ぶりほどになる。

私たちに会うなり知り合いは、

「わ〜〜久しぶりー!!なんかめっちゃ大人っぽくなってる〜〜」

と私に、

「全然変わってないねー!」

と友達に言った。

久しぶりに会った知り合いに全然変わってないと言われて、普段そこまで友達との会話では波風立てないタイプのその友達が、

「変わってないって言われんのめっちゃ嫌だわー。」

と何回も言っていて、かなり不本意そうにしていた。

私は家に帰ってからも、なんとなくこの場面がずっと頭に残っていた。

 

変わってないと言われて嫌だったということは、きっと友達には、自分は前のままじゃない、変わっている、良くなっているという自負があったのだろう。

だから、全然変わってないと見られたのはかなり不本意だったに違いない。

 

しかし私はその友達が自分で思っているように、ちゃんと変わっているのを知っている。

それはぱっと見の雰囲気ではなく、内面的なものである。

 

今でこそ気の置けない間柄で打ち解けているが、私が出会ったばかりのころその友達はかなりドライな性格だった。初対面のときはもう目で見えそうなほど壁を作られているのを感じていた。

ある程度打ち解けてからも、基本的に冷めているというか、沸点が高いタチだった。

しかしちょうど1年ほど前、その友達が人生でいちばんと言っても良いくらい好きな人に出会った。

その人を好きになってから友達は見違えるように変わった。

以前はひねくれていたし、素直じゃなかった。仲良くなっても自分の本心をあまり出そうとしない人だったのだ。

それが、好きな人のことを話すようになってからは、会えずに寂しい気持ちや嫉妬する気持ち、焦がれる気持ちをありのまま話すようになった。

なんというか、以前には見えなかったその友達の人間味というものが、好きな人に接したことで表に出てきたような気がした。

恋をして駄目になっていく人もたくさんいるが、友達は良いほうに変わっていた。

私はそれを感じてとても嬉しかった。好きな人のおかげで、やっとその友達が持つ本当の性格や新しい一面に出会うことができたのだ。

それを本人に言うと、自分でもその変化を自覚しているようだった。

 

そんなことがあったので、昨日知り合いから友達が「全然変わってない」と言われたときも、そんなことない、この人は本当はちゃんと変わってるよ、と思った。

本人も不本意そうにしていたが、友達の劇的な変化を私も目の前で見ていたのでその後もしばらく考え込んでしまったのかもしれない。

 

とはいえ、その時に知り合いが言ったのはぱっと見の印象が変わってないということなのだろう。

会った一瞬で内面の変化を捉えるのはなかなか難しいのかもしれない。

 

内面の変化には長く身近にいる人間が気づきやすく、外見の変化には久しぶりに会う人間が気づきやすいのかなと思った。

深く知るには長く一緒にいる必要があって、長い時間を経てこそ良いところにも悪いところにも気づける。

反対に、外見の細かなところに気づくにはある程度会わない期間が必要だ。

よその子は本当にすぐ大きくなると毎年届いた年賀状を見ながら親が言っているのもよく聞く。

いくら内面が変わっていたとしても、ぱっと見ではやはり表面上のことしか見えないのだ。

 

だが、内面が変われば、多かれ少なかれ外見にも変化が表れると私は思う。

目鼻や口の形が変わるという話ではなく、表情や立ち居振る舞いが変わるのではないかという話だ。

その友達もひねくれた性格が前面に出ていたころはいつもつまらなそうな顔をしていたが、好きな人と接しはじめてからは目に光が宿ったように見える。

私が思っただけではなく職場の人からも、人間味が出てきた、表情が変わったと言われたそうだ。

 

しかし昨日のことを考えると、やはり表情に表れていたとしても少し話したくらいでは、本当の内面まで捉えるのは難しいらしい。

長く一緒にいるということの持つ力の大きさを思い知る出来事だったように思う。

そして私は自分が少しの時間しか会えない人たちに思いをめぐらせた。

 

会う人会う人全員と長く一緒にいるのは不可能だ。

だからこそ、少しの時間しか会えない人のことをその短い時間だけの印象で勝手に判断するのは危険なことだと思う。

あなたってこうだよねと、その場でのその人を見ただけで決めつけてしまってはいけない。

 

職場だったら職場、学校だったら学校、家だったら家での振る舞いが違う。

いつも一緒にいる友達、家族、好きな人、久しぶりに会う人の前での顔もそれぞれ違うだろう。

それはぱっと見ではわからない。自分は自分としてしかその人と接することができないから、ほかの人への顔とは比べようがない。

なので私は、たまにしか会えなかったり、バイト先や学校で最低限の時間しか会わないような人のことを、そのときの私に対してだけの印象で判断しないような想像力を持っていたいと思っている。

 

お題:読書感想文

お題「読書感想文」

 

先日、とても久しぶりに何も予定のない日があった。

私は平日は学校で授業があり、土日にもバイトが入っているため、基本的には予定のない日というのがない。

ふと手帳を見てみると、なぜかバイトを入れず空けてある土曜日を見つけたのだ。

それに気づいたのは前の日の夜だった。きっとなにも考えずに1日だらだら寝て過ごしたら、夕方ごろに、ああ1日無駄にしてしまったと、かえって心が疲れそうだと思ったので、なにか本を読むことにした。

私は閉店間際に近所の本屋へ入り蛍の光を聴きながら、ものの5分、直感で明日読む本を買った。

『東京すみっこごはん』成田名璃子著

この本を何もない土曜日のお供に決めた。

 

物語の概要は以下の通りだ。

 

商店街の脇道に佇む古ぼけた一軒屋は、年齢も職業も異なる人々が集い、手作りの料理を共に食べる“共同台所”だった。イジメに悩む女子高生、婚活に励むOL、人生を見失ったタイ人、妻への秘密を抱えたアラ還。ワケありの人々が巻き起こすドラマを通して明らかになる“すみっこごはん”の秘密とは!?美味しい家庭料理と人々の温かな交流が心をときほぐす連作小説!(裏表紙記載)

 

5分ほどで選んだのでしっかりとあらすじを読まなかった。ほぼジャケ買いである。

そのときは頻繁に自分で料理をしていた時期だったので完全にタイトルの「ごはん」の文字に惹かれて選んだ。

私は食べものの本や漫画に弱い。

 

「すみっこごはん」と書かれたボロ屋に年代も性別も職業もバラバラの人たちが集まり、当番になった人がその日集まったみんなのご飯を作る。そしてみんなで食卓を囲む。

ただし作るときは「すみっこごはん」のレシピノートに載った料理をそのレシピにしたがって作るというのがひとつの大きなルールである。

集まる人たちに代わる代わるスポットライトが当たっていく形式だ。

 

いちばんはじめの、女子高生の楓ちゃんの章は読んでいて正直とてもしんどかった。

彼女は高校の同級生たちから陰湿ないじめを受けているのだが、そのSNSや教室での描写がわりとリアルだった。

私も高校までに、この話ほどではないが学校で苦しい思いをした時期があったので、それを思い出してしまって読み進めるのが苦しかった。

最後まで読んでみてこの楓ちゃんがキーパーソンだったからだとわかるのだが、苦しい描写の多いこの章が長いのがけっこう私には堪えた。

ただ、楓ちゃんがお出汁を取る練習をしているのを見守る丸山さんの「お湯に鰹節の色が移っていくでしょう?鰹の命が、お湯に移っているんですよ」というセリフがとても好きだった。

楓ちゃんもこの後言っているが、なんとも抽象的に聞こえる言い方だ。しかし、お出汁を大事に取る丸山さんの考え方がよく伝わる表現だなと感じた。

 

その次の章である奈央さんの「婚活ハンバーグ」もかなり切実な話で、楓ちゃんの話同様苦しみながら読み進めた。

 

はじめはこの本、美味しいご飯をみんなで食べてほっこりして終わるような内容だと勝手に思っていた。だが読んでいくとそれぞれの話の主人公みんなが迷いや不安、フラストレーションを抱えていて、その直面する問題もとても現実的なのだ。

読んでいる私まで本当にどんよりとした気分になるほど、曇った心情の描写が上手な方だなと思う。

 

女子高生、アラサーOL、タイ人留学生、アラ還おやじと、それぞれの章の主人公たちは見事にバラバラだ。

1人称で書かれたこの小説はどの主人公の目線でも、その境遇の人の現実的な問題が身に刺さる。

軽く調べてみたが、作者の成田氏は小さいお子さんのいる女性のようだ。20代後半〜30代前半くらいだろうか。

そんな方がアラ還おやじの憂いや焦りを細かくリアルに書かれているのは観察眼が非常に良いのだろうと思った。

 

途中、読みながらあまりの内容の切実さに苦しくなって、こんなしんどい本は初めてだ、買わなければよかったとまで思った。

しかし、思い切って最後まで読むともやもやしていた部分が良い形で決着し、そんな風に思ったことを後悔した。

 

少し、とんとん拍子で最後がまとまりすぎな感も否めなかったが、出てくる家庭料理についても丁寧に書かれていて、人物の抱える問題も実際にあるようなリアリティで、おろそかにされていないのが良かった。

途中で飽きさせることなく、最後まで私の何もない土曜日のお供となってくれる本だった。

アルバイトをナメてはいけない

私は少し前まで、アルバイトというものを軽んじていた。
それは自分が客で、他人がアルバイトとして働いているのを見たときの目線ではない。
私がアルバイトとして働いているときに、自分の役目を非常に軽く受け止めていたという意味だ。

今のバイト先は家の近くの大型スーパーで、私は主にレジ打ちの仕事をしている。
最近では時間帯によって、レジに入る従業員たちやお客さんのサポートをして回る仕事も任されるようになっている。

入社したのは大学に入って間もないころで、ごくごく軽い気持ちではじめたバイトだった。
大学の学費や教材費、定期代など諸々かかるお金はすべて親と折半で、それに加えて自分でも使うお金が必要だったので、割りに時給の高かったそのスーパーのレジで働くことにした。

はじめはそのスーパーの中でも、なにがなんでも絶対に接客ではない部署で雇ってもらおうと思っていた。接客だけはやりたくないと思っていた。
高校生のころにレストランでウェイトレスをやっていたが、パートの古株おばさんたちにいびられるし、店長が社員の女の人を怒鳴り散らして泣かしているのを毎日のように見ていたし、そんな環境で嫌々やっていたから私も私で全く仕事ができるようにならなかったし、とにかく酷い気持ちになったまま5ヶ月ほどでやめてしまった。
それを引きずっていたから、接客をやるつもりは毛頭なかった。しかし部署ごとの時給一覧を見たとき、バックヤードの部署と比べてレジ打ちだけが飛び抜けて時給の高いのを見て、一瞬で気が変わって、結局また接客をすることになったのだ。
自分が単純すぎて書いていて呆れるが、高校でレストランのバイトを辞めてからはろくにバイトをしていなかったので、とにかくそのときはお金が必要だったのだ。

そういうわけで、私はスーパーのレジ打ちとして働くことになった。
元々レジをやりたかったわけではないし、そもそも接客が嫌だったので、はじめたころは本当に適当に仕事をしていた。
たかがアルバイトの自分が適当にやったところで、責任もないし、そんな難しくて重要な仕事をやってるわけでもないし、ミスしても最後は結局社員がなんとかしてくれるだろうという考えで、とにかく接客もホウレンソウも適当だったのだ。

しかし、数ヶ月たったある日をきっかけにそんな弛んだ私の意識はがらりと変わった。

いつものように無意味にイライラしながらレジに入っていたとき、突然私のレジを含めた数台のレジが不具合を起こした。
通常お客さん一人あたり1分でお会計が終わるところを、5分以上待たせるような遅さだった。

はじめのうちは、ちゃんとお客さんに一人一人説明をして謝ってを繰り返していたが、元々イライラしていたのもあって、私はそれを段々怠りはじめたのだ。

数人めのお客のおばさんは、その人自身も待たされたことではじめからイライラしていた。
そこへ私の酷い接客態度(目を合わせない、声が無気力、説明しない、謝らないなど)が加わって、レジを去るときに「なんなのよその態度は!!!」と捨て台詞を吐かせてしまうほど怒らせてしまった。
そのお客さんは帰り際、私の名指しでクレームを入れていったようで、数分後に社員から呼び出しをくらった。

社員についてバックヤードにさがり、心当たりはあるかと尋ねられた。
心当たりは、完全にあった。イライラしてお客さんに当たってしまった。あとから思い返すと本当に子供みたいな態度で情けない。
社員は、「レジが壊れたのは仕方ないことだけど、それでなかなかお会計が進まないことでお客さんに当たってはいけません。1日の最後に(私の勤務は遅い時間帯のため、仕事帰りの人が多い客層だった)わざわざうちの店に寄って、お家に帰って食べるのを楽しみに食品を買ってくれていたのかもしれません。その最後の最後にお客さんを送り出す場所であるレジで不快な思いをしたら、帰ってからもずっと嫌な気持ちが続いてしまうし、もうあんな店二度と行きたくないと思われてしまうかもしれません。ですので、とても混む店だし大変かもしれませんが、顔に出さぬよう頑張ってくれませんか。」と私に落ち着いた口調で話した。
私は社員の話を聞いて、涙が止まらなくなった。
自分の態度の幼稚さが恥ずかしかった。
今までは考えもしなかった、お客さんがどんな気持ちでうちの店に買い物に来ているのかということ、レジでの私たちの態度によって、お客さんの1日の終わりの気持ちが左右されるかもしれないことを思い知った。
私は今までこのレジ打ちのアルバイトをなんてナメて、軽んじていたのだろうかと思った。
さっき怒って帰って行ったお客さんが家に帰ったときのことを想像すると、本当に悪いことをしてしまったと思った。

私はアルバイトという立場で働いてはいるが、私というひとりの人間として働いていることを忘れていたのだ。
勤務時間外にただの私としてだったら、きっとあんなに酷い話し方も態度もとらないはずなのに。
仕事とはいえ、人と人とのやり取りなのだから、思いやりを持って接しなければならなかった。

そのことがあってから、私がバイトに入るときの意識はかなり変わった。
今でも、体調が悪かったり気持ちが落ち込んでいたり、バイトに気が向かない日もある。
だが、それで態度や仕事を適当にしてしまいそうになったときには、バックヤードで聞いた社員の話を思い出すようにしている。
そうすると、自然と背筋が伸びるのだ。

ただやれと言われたからやっていても駄目で、なぜ、なんのためにそれをするのかを考えていないと本当に悲惨なことになるというのを私は身をもって経験し、学んだ。
アルバイトだけではなく、日常生活での考え方や行動原理も変わった。

私が生活のなかでアルバイトに充てている時間は決して少なくない。
せっかくなら適当に過ごすのではなくて、なにをするにしても自分が成長できるように考えて動いていきたい。

ミニカップに思い出を結ぶ

お題「ちょっとした贅沢」

私のちょっとした贅沢は、ハーゲンダッツのアイスクリームを食べることだ。
でも、なんでもない日にぼーっと食べるわけではない。
食べるシチュエーションにこだわりがあるというか、食べたくなるときがだいたい決まっているのだ。

これは男女問わずだが、私は好きな人とたっぷり遊んだ帰り道に、なぜか無性にハーゲンダッツが食べたくなる。
夜遅く電車に乗って最寄駅へ着いたら、近くのファミリーマートに寄ってミニカップをひとつ買って帰るのだ。
そしてその夜寝るまでの間にそれを必ず食べてしまう。決して次の日まで取っておくことはない。

選ぶ味には特にこだわりはない。
そのときの気分で選んでいるが、好きな友達と遊んだ帰りには季節限定の味を、好きな人と会ってきた帰りにはチョコレートブラウニー味を食べることが比較的多い気がする。

今でこそよく食べるハーゲンダッツだが、食べるようになったのはごく最近のことである。

初めて食べたのは2年前の誕生日だ。そして初めて食べた味は、チョコレートブラウニー味だった。

私はもともと、チョコレートブラウニーを作るのも食べるのも大好きで、よく自作して食べていた。売られているものも、食べたことない商品を見つけたらとりあえず買ってみて食べたりしていた。

ハーゲンダッツにチョコレートブラウニー味があるのもうっすらと認識していたが、これは一度も食べたことがなかった。
私はチョコレートブラウニー味どころか、ハーゲンダッツのアイスクリーム自体をずっと食べたことがなかった。

スーパーの安売りのときにハーゲンダッツだけはなぜか値下げしないからという理由で、昔からうちの家の冷凍庫にハーゲンダッツがやってくることはなかった。
値下げしないことがまるで悪かのように親がブーブー言っていたので、なんとなくそのすり込みのようにハーゲンダッツを避けていた。

そうしてハーゲンダッツを食べたことのないまま育ったが、2年前の誕生日にそのイメージは覆ることとなったのだ。

誕生日ならなんか買ったげるよと友達に言われて、ふらっとコンビニへ入った。
そのときは何か甘いものが食べたくて店内をうろうろしていたら、冷凍ショーケースの中にあるチョコレートブラウニー味のハーゲンダッツが目に入ったのだ。

値段を見て、ああやっぱり、たった小さなカップひとつなのにちょっと高いなぁと思った。
しかしまぁ、誕生日にちなんで奢ってくれると友達が言っているのだから、そんなに厚かましくもないだろうと思いそれを買ってもらうことにした。
何気なく買ってもらったそれが、私の人生初ハーゲンダッツとなった。

初めて食べたとき、なんてしっかりとチョコレートブラウニーの味がするのだろうと思った。
アイスクリームなのに、ブラウニーのあの独特の生地の重たさが感じられた。
6,7ミリ角ほどのブラウニーがごろごろと入っているが、それもあくまでこれがアイスクリームであるということを邪魔しない程度でバランスが良いと思った。
そして、小さいと思っていたミニカップはその濃さにちょうど良く、食べ終わるととても満足感があった。

こんなに美味しくて、しかも自分のいちばん好きな洋菓子の味がレギュラーで売られているアイスクリームを私は今まで、ちょっと高いとか親の言っていたイメージを鵜呑みにして買うことを避けていたのだ。

このときは人から買ってもらってだったが、初めてのものを選んで食べてみて良かった。
今まで与えられたことがなくても、もう自分で自由に手に入れることができるのだから、これからは好きなものを食べてみようと思った。
そして私はハーゲンダッツをよく食べるようになった。

好きな人、好きな友達と遊んだ日、家に帰ってゆっくりとミニカップを食べる。

楽しかった1日の思い出をひとつひとつ振り返りながら、ひと口ひと口味わってゆっくり食べ進めていく。

私はそうしてゆっくりとハーゲンダッツを食べることで、アイスクリームの味にその日の大事な思い出を結び留めておく作業をしているのかもしれない。毎回、それぞれの思い出によく合う味を無意識に探している。

今思うと個人的に、チョコレートブラウニー味は好きな人を思い出すのに相性がとても良い気がしている。
好きな人との思い出を結び留めておくのに、バニラでは少し重たさが足りないのだ。

大好きな友達とご飯に行って何時間も話し込んできた帰りには、期間限定の紫いも味を選んで食べた。上品な甘さで、心落ち着く味だった。つらいことを相談して話を聞いてもらっていた後だったから、ささくれ立った心が優しくなだめられていく感じがした。
結び留められたのは楽しいだけの思い出ではないけれど、個人的にとても好きな味のひとつになった。

あっという間に過ぎた楽しい時間を、ただひとりで思い出すのはあまりに寂しい。ハーゲンダッツのアイスクリームは帰ってからの静かな時間を過ごす、私の大事なお伴になってくれている。

 

家を出たいと思うのは

このところ、家を出たくなることがよくある。

物理的に家という建物から出たいのではなく、「家」というシステムから脱したいと感じるのだ。ここで私のいう「家」とは、家族が一緒にいる共同空間のことである。

私は家族と一緒に実家で暮らしているが、家の中で静かな空間を作れないことに最近とてもストレスを感じるようになった。

私は自分専用のPCを持っていないので、この文はリビングにある家族共用のノートPCで書いている。すぐ横にはテレビがあって、他の人はこの部屋にいるとなぜか必ずと言っていいほどずっとテレビを点けている。

見てもいないのに、BGMのようにとりあえずといった感じでテレビを点けるのだ。私はどうしても見たい番組があるときにしかテレビを点けないのでそれがよく解らないなと思うし、最近この環境がどうも耐え難くなってきている。

そんなに文句を言うなら別の場所でやればいいだろうと思うかもしれないが、それもすぐにはできそうもないのだ。

私にはひとり部屋がなく、母と二人部屋である。だがそこはもはや寝に行くだけの物置兼寝室のようになっていて、実際あまり使っていない。

リビングで作業をすることにストレスを感じはじめたころにポロっとそのことをこぼすと、じゃあそのノートPCを部屋に持って行って使えばいいじゃないかと言われた。

それももちろん考えたのだが、部屋に持って行って使っていたとしても、母と共用の部屋なので母が寝るときになったら消灯で強制退室となる。

私は学校やバイトから帰って夜も深い時間に作業をするので、母はどうしても私より早い時間に寝ることが多い。活動時間帯が違うと、部屋があっても自由に使えない。

よって結局またリビングに戻ることになり、同じことのくり返しなのでそれもできないのだ。

もうひとつ、ストレスを感じるというほどでもないが、親のお酒の飲み方についても少し気になることがあった。

両親は平均して毎日缶の発泡酒を2本ほど飲む。私もお酒は飲むが、2週間に一回飲むか飲まないか程度だ。

夏の終わりごろ、まだ残暑の厳しかったときに急にとても冷え込む日があった。その夜親が缶を片手に、今日は寒いから全然飲めないと言ったのが少し引っかかった。

寒くて飲めないということは、別に飲みたくて飲んでいるわけではないということか。

なんとなく毎日飲んでいるからと缶を開けたのなら、なんかそんな、惰性で飲むのってどうなんだろうと思った。

そういう飲み方がもう何十年も続いていて習慣化しているし、それを私が今さらとやかく言うのも違うかもしれない。でもなんだかこれではダメになりそうだし、私はそういう飲み方はしたくないなと思った。

成人してもなお実家に住ませてもらっていることやご飯を食べさせてもらっていること、大学に行かせてもらっていることが、ありがたいことだというのはもちろん重々承知している。私は養ってもらっているのだ、という意識はしっかりある。

そして、親は基本的に放任主義であまり私に干渉はしてこないが、大事にしてくれてはいるのだろうということは感じる。

しかし、それとこれとはまた別の話なのだ。

今まで一緒に暮らしてきても、血のつながった家族でも、同じ人間ではないのだから考え方は違ってくる。

部屋でやったら?と言われたときも、(私からしたら)変なお酒の飲み方をしているなと思ったときも、もう私は考え方や習慣が家族とたがってきているのだなと感じた。

朝から晩までずっとテレビが点きっぱなしの環境が平気だったり、惰性でお酒を飲む習慣のある「家」が解らなくなってきているのかもしれない。

小さいころは何も知らなかったから、親は何でもできるし完璧だと思っていた。だが自分のできることも増えて考えの幅も広がってくると、親は完璧なんかじゃないし、親どころか世の中には完璧な人なんていないことに気づきはじめてしまう。

反対に、これに気づけなければ自分の価値観は育っていくことができないのだろうなとも思う。

下のきょうだいは親に向かって異を唱えるようなことはしないので、親とも考え方や習慣に一体感がある気がする。

それを見ていると自分がもはや「家」に収まっていては自由がきかなくなってきているのを感じるし、今の私にとって「家」はあまり居心地の良い場所ではなくなってきているような気もしている。