ツイートと行間

先日、バイト中にすごくいやなことがあった。

接客業なのでこういうことは日常茶飯事ではあるのだが、その日はお客からののしられたのがなんだか無性につらく感じたのだった。

売り場を歩いているときに呼びとめられて対応をした。特にお客にとって不利益なことはなかったが、こじつけるように文句を言われつづけたのだ。

 

はじめのうちは、よくいる言いたいだけ散々言ってすっきりしたい類の人だろうと思ったので、とにかく丁寧に対応して頭を下げて謝って、静まってくれるのを期待した。

しかし私の期待は打ち砕かれ、こちらが申し訳なさそうにへこへこしているのをみると、お客の語気はますます荒くなり、責めの言葉は長くなる一方だった。

 

防衛本能が働いたのか、だんだん視界がホワイトアウトしていき、責め立てる言葉も遠のいていった。

いつお客の話から解放されたのかもはっきり覚えていないが、「上の人間に言っときなさいよ!!」という怒鳴り声を頭の中でぐわんぐわん響かせながら私は仕事に戻っていた。

 

もう何年もここで働いているからお客から怒鳴られることなど慣れているはずだ。

それなのにこの日は帰ってからも気分が晴れず、そのことをずっと考えてしまってつらい気持ちが消えなかった。

 

そのとき思った。

もしまだツイッターを続けていたら、感情の勢いそのままに不満をタイムラインに投げつけていたかもしれない。

感情にまかせて理性を欠いた状態の人間の使う言葉は鋭く尖っていて、人を傷つける。

そんな言葉を不特定多数の人、ましてや親しい人たちが頻繁に見る場に投げていたかもしれないと思うと、6年も続けていたのに今さら恐ろしくなったのだ。

 

それから数日が経ったが、気持ちもおさまって心の中から尖った言葉も消えていった。

どれだけ気が立っていても、ずっとその状態が続くことなどない。一時の感情のままに言葉を吐き出していなくて良かったと思う。

 

今回のことがあって私はツイッターについてあらためて考えていた。

タイムラインにはいろんな人がいるが、確かなのは、その誰とも実際に会っている時間よりもタイムラインで接する時間のほうが長いということだ。

会わない時間より会っている時間が長くなるのは普通に生活していては物理的に不可能なのだから。

 

しかし、その顔の見えない時間を埋めるのがツイートした言葉なのだとしたら、その言葉が、顔の見えないときのその人をつくる主成分だと言えるのではないだろうか。

やさしい言葉、柔らかい言葉、きれいな言葉を使うよう心がけているのと、考えなしにきつい言葉を連投しているのとでは、与える印象やつくられる人物像にずいぶん差が出てくると思う。

 

実際に会って話している時間が、書き物でいう本文だとしたら、顔の見えない時間は行間だ。

そのまっさらな行間を埋めてしまうのがツイッターに書く言葉なら、いまの私には必要ないなと思った。

行間はあるべくしてある空間だから、空けておくことにしたのだ。

だから私はツイッターをやめた。
やめてから20日ほどになるが、調子はなかなか良いように感じる。

 

ただ、いま私には必要ないと思ったのであって、ツイッター自体を否定するつもりはない。

使いようによっては、災害時の情報拡散力の高さなど有用な点もたくさんあるだろう。

 

「行間」をうまく彩って自身をより良くできる人は活用すればいいし、反対に汚してしまうかもしれない人は使わなくていいと思う。

自分のひととなりを表す方法は、各人各様なのだから。

 

教室とタイムライン

空中リプライという行為を知っているだろうか。

Twitter上で@ユーザー名をつけて直接返信をするのが通常のリプライであるのに対して、空中リプライは@ユーザー名をつけずに普通にツイートするが、ある特定の相手には内容からそれが自分に向けてであることがわかるようなツイートをすることである。

 

この空中リプライは、親しいユーザー同士が会話をするときに軽いスタンスで使う場合もあるが、ときに穏やかでない使い方がされる場合もある。

 

穏やかでない場合というのは、フォローされているとわかっていて、あえてその相手を攻撃するようなツイートやその相手を悪く言うツイートをする場合である。

 

タチが悪いのが、この空中リプライは空中とは名ばかりで、たいがいの場合は相手にきっちり届いてしまうということだ。

また、直接相手の名前やユーザー名を掲げてツイートするわけではないため、発信した人が意図していたのとは別のフォロワーが、自分に向けてのツイートなのではないかと無駄に不安させられる場合もある。

 

そのため、穏やかでない内容の空中リプライは、誰に向けてとはっきり言わない分、受け取った相手が誰であろうと何を言おうと、発信した人は何とでも言い訳ができるのである。

 

受け取った人はあきらかにそれが自分へ向けてのツイートだとわかるような内容で、不安になったり傷ついたりしたとしても、どうにもできないのだ。

 

最近、この穏やかでないほうの空中リプライが毎日のように飛んでくる(とはいえ「空中」なのでそう断言もできないのだが)。

嫌味な内容に傷ついたし、もうタイムラインを見ているのもキツくなってログアウトしてしまった。

 

具体的なことは書けないから、私の思い込みが激しいだけだとか自意識過剰だとか思われても、それは仕方がないと思う。

嫌なら見なければいいと言われれば、それまでだ。

 

しかし、自分に向けられているであろう空中リプライにはやはり気づいてしまう。

ツイートされるタイミングや脈絡の無さがどう見ても不自然なのだ。

そして当然のように心は傷つく。

 

ツイートしているのは大学の同期の子だ。

学校では被っている授業がいくつかあるので一緒にいることが多い。

もう付き合いも3年目になるというのに、ここにきて私はその子のことをちゃんと友達だとは思えなくなってしまった。

 

「空中」リプライとはいっても、これはダイレクトに何か嫌味を言うよりよっぽど殺傷力のある行為だと思う。

タイムラインに紛れさせて発散しているつもりでも、相手は直感でそれが自分へ向けられたツイートだと気づいている。

 

それは決して直接は言わない陰口と同じだ。

しかしまた陰口も、どんなに騒がしくても本人にだけははっきりと聞こえてしまうものなのである。

 

空中リプライが自分へ向けたものだと気づいて傷ついて、でもどうすることもできなくてタイムラインから逃げ出した。

だが、心が潰されるこの感覚は、初めて味わうものではなかった。

 

私は中学生のころにも同じような経験をしていたのを思い出した。

同じクラスの男の子たちが、どうやら私の容姿のことを悪く言って盛り上がっていたようなのだ。

 

容姿のコンプレックスはかなりあったし、そんなことは自分がいちばんわかっていた。

自覚があったからこそ、追い討ちをかけるようにそれをあげつらう言葉はどんなコソコソ話でも聞こえてきた。

ニヤニヤ笑いながら話していた男の子たちは決して直接名前こそ出さなかったが、あきらかに私についてネガティヴなことを言っていた。

 

しかし私にはその陰口がはっきり聞こえていたが、仲の良かった女の子たちはそれにまったく気づかなかったのだ。

男の子たちの盛り上がりを見て、なんの話してるんだろうねー?と気にすることはあっても、それがまさか友達である私への陰口だとは微塵も思っていないようだった。

 

だから、当時の私はちゃんとクラスに仲の良い子もいて部活にも精を出していて、順調に学校生活を送っているように見えただろう。

しかし実際は、男の子たちの陰口が聞こえる教室に入るのがほんとうに苦痛で、毎日学校へ向かう足は鉛のように重かった。

でも仲の良い女の子たちや部活の仲間にそんなウィークポイントを知られるのも嫌だったから、学校を休むことはしなかったのだ。

 

まだ中学生で、学校以外に居場所などなかった私にとっては地獄の苦しみだった。

 

ある日の休み時間、私はとうとう耐えかねて、仲の良い子に体調が悪いから保健室に行くとうそを言って教室を抜け出した。

もうあの空間にいるのは限界だと思った。

仮病だったが、心が限界まで潰されてほんとうに体調も悪くなっているような気がした。

 

中学生の私は教室から、大学生の私はタイムラインから逃げ出したのだ。

 

しかし今思うと、中学生のとき思い切って逃げ出すということができたから、こうして立ち直って振り返ることができる今があるのかもしれない。

 

今でも中学生のときと変わらず、苦しみに耐えかねて逃げ出すことがある。

現にTwitterにはまだログインしていない。

しかし、それは私が必死に生き延びていくためのれっきとした方法なのだ。

こう言っては極端なのかもしれないが、死ぬぐらい苦しいときには思い切って逃げ出してしまうというひとつの方法があるということを見失わぬよう、私はこれからも胸の片隅に置いておきたいと思っている。

 

 

〈追記〉

このあと結局Twitterはやめることにした。

初めてアカウントを作ってからもう6年ほど経つが、よくよく考えてみると、人のツイートを見て嫌な気持ちになることはあっても、あぁTwitterやってて良かった!!と思うようなことはなかった気がする。

本文中で「タイムラインから逃げ出した」と書いたが、そもそもタイムラインに居る必要があるという考えになっていたこと自体がおかしかったと思う。

嫌なら、何も考えずにすぐさまやめてしまえば良かったのだ。

私にとっては結局得るものがなかったSNSをやめたところで、失うものも何もないのだから。

何に捉われて、嫌な思いをしてもなおTwitterを続けていたのかわからないが、私はタイムラインを覗くのが習慣化していた状態から変化することを嫌っていただけなのかもしれない。

当たり前のように普段していることが本当に必要なことなのかも考えずに、ただ続けているというのは危険な状態なのだなと思う出来事だった。

 

健康プライスレス

私には食べ物のアレルギーがある。

主にリンゴ、モモ、サクランボなどと、そのほかいくつかの果物が食べられない。

果物以外では、豆乳や豆腐といった火の通っていない大豆加工品や、エビ、カニなどの甲殻類も食べられない。

 

これらを食べると口の中が痒くなり、唇や喉の辺りが腫れてくるのだ。

これがつらくて、それらを食べるのはやめてしまった。

 

病院で医師の診察を受けてわかったのだが、口腔アレルギー症候群というものだった。

花粉症になった人が、その花粉の中のアレルギーを引き起こす物質と、同じ構造の物質を持つ食べ物を食べると口の中が痒くなるなどの症状が表れることがあるのだ。

 

それほど重くはないので花粉症ではきちんと受診はしていなかったのだが、症状の出る食べ物の種類から考えて、私はシラカバ花粉の花粉症ではないかと思われる。

 

その際自分で少し調べてみたのだが、シラカバの木は主に東日本に自生していることがわかった。

それを知っていろいろと合点がいった。

 

花粉症の症状が出始めたのも、リンゴなどの果物を食べて口の中が痒くなるようになったのも、すべて大阪から千葉に引っ越してきてからのことなのだ。

 

大阪に住んでいた小学生くらいまでのころは、確かに果物もなんでも食べられていたし花粉症の覚えもなかった。

おそらく、こちらに引っ越してきてシラカバの花粉症になり、それと関連して口腔アレルギー症候群も引き起こされたのだろう。

 

花粉症自体にはさほど悩まされているわけではないのに、合併症のほうが重くのしかかっているとはなんとも複雑である。

 

花粉症や口腔アレルギー症候群と関連があるのかはわからないが、最近の3、4年で表れはじめた体の不調がほかにもある。

 

高校2年の体育祭の日の夜のことだ。

私は疲れたので家でのんびり過ごしていた。

いつものようにおやつを食べながらゆっくりしていると、突然体じゅうのいたるところが沸き上がるように痒くなった。

びっくりしているうちに唇から頬、耳、まぶたなどがぶくぶくと腫れあがってきた。

顔の腫れが酷くて気が回らなかったが、全身のあらゆる場所の皮膚もぼこぼこと腫れ上がっていた。

パニックになっていると今度は下腹部を強く押されるような、刺されるような強烈な痛みに襲われた。

もう座っていることもじっとしていることもできずに、床の上でのたうち回っていた。

冷や汗が止まらず、あまりの痛みと痒みにうなり声を上げずにはいられなかった。

 

あぁ、死ぬかもしれない、と生まれてはじめて本気で思った。

 

これは尋常ではないと思った母に連れられ、近所の大学病院の救急へ向かった。

急病で病院を訪れている人は思っていたよりも多かった。

待合室の長椅子が埋まるほどの人が診察を待っていた。

 

私はぐったりとソファで半分寝そべるようにして順番を待った。

腹痛はピークを過ぎたようだったがまだかなり痛んだ。

心なしか、熱もあるようだった。

 

苦痛に耐えながら待つ時間は地獄だった。

 

やっと診察室へ呼ばれ、問診と、診察台へ寝て触診を受けた。

その場での処置はなにもできることがなかったらしく、症状を抑える薬を出され、その日は家に帰った。

 

医師の話では、これらの症状は血管性浮腫というものだそうだ。

蕁麻疹と併発することもあり、症状も似ているが別のものである。

多くの場合、唇やまぶた、頬、喉の辺りが腫れあがるが、まれに消化管でもそれが起こるそうで、私の腹痛はこれによるものだった。

 

原因はわからないことがほとんどで、状況からして疲れと日光をたくさん浴びたことなどが重なって出たのではないかということだった。

 

薬によって症状はなんとか治まった。

しかしかつて経験したことのないほどの痛みと不安だったため、しばらくは心も不安定な日が続いた。

 

それから数年症状は出なかった。

しかし大学2年で、再び蕁麻疹が出るようになった。

夜中バイトから帰り、家でゆっくりしていると以前と同じように体じゅうから沸き上がるような痒みが襲ってきた。

 

また血管性浮腫かもしれない…!

数年前を思い出してすごく怖くなった。

だがそのときのように腹痛がくることも顔が大きく腫れあがることもなかった。

ただ腕や脚、背中、胸、首など全身に強い痒みを覚え、かいてしまった部分は赤く腫れていた。

 

数日後皮膚科へ行くと、ストレスによる一時的なものだろうと飲み薬を処方された。

薬を飲むと症状は治まったが、それから毎日蕁麻疹は出続けた。

 

そして治まらないまま1年以上が経ち、現在にいたる。

一時的なものかと思っていたが、蕁麻疹は慢性化してしまったのだ。

結局今でも通院と薬の服用を続けている。

 

最近の自分の体について書きだしてみたが、意外といろいろ患ってきたなと思う。

もっと大変な病気をかかえている人もたくさんいるからこれくらいで弱音は吐けないが。

 

私は体調が悪くなることが多く、周りの人からまたかという顔をされることもたまにある。

でも、私も好きで体が弱るわけではないのだ。

 

やはり健康でタフな体であることは、何にも変えがたい財産だと、心から思う。

怪訝な顔をする人たちがなんとかして自身の健康に、強い体のありがたさに気づいてくれることを切に願っている。

病院とライブハウス

風邪がしぶとい。

喉の痛みからはじまり悪寒がきて、ピークには頭痛と発熱があった。

今はまた喉の痛みと咳だけになってきているが、この喉の諸々の不調がとてもしぶとくて困っている。

マスクをしたり喉に効くハーブティーを飲んでみたり、のど飴を舐めたりといろいろ試している。

だが寝て起きたらまた喉が痛くて痛くて、回復した分がリセットされているのかと思うほど治りが遅い。

 

このところ記事も風邪絡みの内容が多くなっているが、ふとんの中でおとなしくしていると、ふと思ったことを深く考える時間が普段よりもできるからなのかもしれない。

 

喉が痛くなった日、すぐにかかりつけ医で診てもらいに行った。

いつも引きはじめのころは軽いから市販でなんとかなるだろうと応急で対処しているが、結局ずるずると症状が長引いてしまうため、今回はその日のうちに病院へ行った。

 

私の住む近辺には多すぎるほど病院が集まっている。

引っ越してきた当初は、どこがいいのかもわからなかったから、とりあえず内科はひと通り受診してみた。

だが結局どこも医師の腕はさして変わらないような気がした。

 

そのため、私が今その町医者をかかりつけ医にしているのは特に腕を頼ってということではないのだ。

なんとなくずっとそこに通っているのはなぜだろうと考えたら、それは受付の人や看護師さんの人あたりがよいからなのかもしれない。

医師の腕など素人なので厳密にはわからない。

それでおのずと私は、ほかの要素でかかりつけ医を選んでいたようだ。

 

いろいろ病院をまわったが、受付の人の態度が悪いところも意外と少なくなかった。

目も合わないし、話す声の調子もきつい。

初診だから問診票を書いてくれとの案内も事務的で冷たい印象を受けてしまった。

 

病院は、心身が弱ったときに行くところだ。

そこで冷たくあたられると、元気なときよりも傷つきやすいし、気が滅入る。

 

気持ちが沈むと病気の治りも悪くなると思っているので、私はなるべく穏やかな気持ちで受診できる医院を選びたいのだ。

 

なにかの施設を訪れたとき、その目的の物事がどうかということとともに、受付の人やそこのスタッフの人の態度によってもその施設の印象がかなり左右される。

 

同じようなことがほかにもあった。

私はバンドのライブを見に行くのが好きで、よくライブハウスへ足を運ぶ。

 

まず入り口を入ると、だいたいのライブハウスには受付のカウンターがある。

カウンターではひとりか二人スタッフの人が立っていて、事前に買ったチケットを渡して半券とフライヤーをもらう。

その際、複数のバンドが出演する日にはどのバンドが目当てか訊かれることが多い。

 

ライブハウスはワンドリンク制のところがほとんどなので、入場の際チケット代とは別にドリンク1杯分の代金も払い、ドリンクチケットをもらう。

そのドリンクチケットはライブハウス内にあるバーカウンターで好きなドリンクと交換することができるのだ。

 

このように、ライブハウスのスタッフと私たちのような客が接するのは入場時のやりとりとドリンク交換のときくらいである。

でもこんな数十秒ほどのやりとりでも、そのライブハウスの雰囲気や印象を掴むのには充分だったりする。

 

これは私の体感ではあるのだが、受付の人が嫌な感じだとバーカウンターの人の態度もあまり良くない率はわりと高い気がする。

そういうところはなんだか高圧的というか、俺は(私は)ライブハウスで働いてんだぞ(てるのよ)感を全面に出している人が多くてあまり好きになれない。

 

反対に、受付の人がにこにこと迎えてくれるところでは、バーカウンターの人も愛想がいいことが多い。

ちゃんと、このライブハウスに来たお客さんとして迎え入れられている感じがするのだ。

 

病院の受付もライブハウスのスタッフも、私がやっているような典型的な接客業とはまた性質も仕事内容も違うのは承知している。

しかし、客(患者)を相手にする時間の長い仕事をしているのであれば、やはりそれ相応の態度をとるようつとめるべきなのではないだろうか。

 

書いていて、自分でもバイト中気をつけようと思った。

自分は大きな店のなかで目立たない存在だと思っていても、お客さんが接するのは自分ひとりだ。

私ひとりの印象が、もしかしたらその店の印象に直結することになるかもしれないのだから。

先生はすごい

先生ってすごいなと素直に思うことが、以前よりも増えたような気がする。

 

私はいま大学に通っているのでタイムリーに接しているのは大学の先生、つまり教授や准教授と呼ばれるような人たちである。

 

大学の先生は自分の専門分野を常に研究しつつ学生にもそれを教えているというスタンスのため、そういう観点では教育することが主軸の小中高の先生とはまた性質が違うのかもしれない。

 

別に、誰彼かまわずすごいと思うわけではない。

授業を受けても普段の行動や人柄をみてもまったく尊敬できないなと思う先生もいる。

 

しかしそんななかでも講義を受けていて、その専門分野を熟知しているからこそ語れるのであろうこぼれ話が出てきたり、その分野が好きだからやっているんだという気持ちが伝わってきたりして、すごいなと思える先生もたくさんいる。

 

そういう先生の言葉は熱を帯びていて脳にダイレクトに届く。

その熱は私にも伝わって、先生がその分野を好きなように、私もなんだかその分野がかけがえのないもののように思えてくるのだ。

リスペクトする先生の授業は分野の得意不得意関係なく惹き込まれるし、おもしろい。

 

今でこそ素直に先生ってすごいなと思えるが、私はこれまで先生という存在をあまり尊敬していなかった。 

わけもなく反抗していたとかではない。

本当に偶然なのだが、小学校から大学までなぜか私の通っている学校では先生による不祥事が相次いで起こった。

はじめのほうはショックも受けていたが、3人目4人目となるともう、あぁまたかと諦めの気持ちしか湧かなくなった。

 

先生は私が思っていたような人たちではなくて、ただの人間なんだと思った。

そのうち私は、先生という存在にはじめから期待も尊敬もしないようになっていた。 

 

そんなことがあって、大学に入ってからも最近までは先生たちをリスペクトする気持ちはあまり持てなかった。

 

しかしこのごろ、授業を受けているときや先生のようすを見ていて、あぁ先生ってすごい仕事なんだなと思わされることが多くなったのだ。

 

ちょうど1年ほど前にやめてしまったのだが、私は一時期教職課程の授業を取っていた。

ひとつの授業の指導案を作るのがどれだけ大変かということや、教科研究にたゆまぬ努力をし続けなければならないということを知るきっかけとなった。

学生の立場で授業を受け続けていたら、きっと考えの及ばない領域だろう。

 

その経験があったから先生と授業の見方も変わって、すごいと思えるようなところに気づくことができるようになったのかもしれない。

 

今期から世界の生活に根ざした文化を学ぶ授業を取っているのだが、初回と第2回が休講となった。

その振り替えが今まで出たこともない6限の時間にされ、私は重い足を引きずって授業へ行った。

授業がはじまる前から私はもうぐったりしていたが、先生はというと疲れたそぶりは一切見せず、ハツラツと講義をしていた。

しかもその日の講義内容と絡んでいたのでわかったのだが、先生はベジタリアンの生活を体験するために海外へ行っていて、それがはじめのほうの授業が休講になった理由なのだった。

その先生は細身の女性なのだが、なんてタフなのだろうと思った。

休講の理由も自身の研究のためだったら文句のつけようもない。

むしろ、その先生が自らの確かな経験をもとにして世界の文化を語っているのであれば、授業の説得力も増すというものである。

 

短歌の授業ではこんな話があった。

短歌の分類で「挽歌」というものがある。

人の死を悲しむ歌、死者を悼む歌がこれに分類されるのだが、なぜ「挽く歌」なのだろう。

これは柩を「挽く」人の歌だから「挽歌」なのだ。

柩を挽く人が詠む歌というところから、広く人の死を悲しむ歌、死者を悼む歌のことをさすようになったそうだ。

私の知識不足が過ぎるのかもしれないが、このようなこぼれ話をよくこの先生は授業の中でしてくれる。

細かな知識をさらっと組み込めるところに、いつも造詣の深さを感じている。

 

日本語を研究する授業では、授業に直接は関係なかったのだがこんなことを聞いた。

卒業式で歌われることの多かった「仰げば尊し」に「いまこそわかれめ」という一節がある。

これを漢字にする際、わかれめの「め」を漢字の「目」にしてはいけないという話だった。

ここでのわかれめというのは「分かれ目」ではなく、今「こそ」との係り結びの「め」で、推量・意志の「む(ん)」の已然形なのである。

したがって、別れましょうの意味になる。

こんなことは知らなくても歌うだけであれば支障はないかもしれない。

でも、こういう細かな知識を持っていることは日本語をわざわざ大学でも勉強する学生としての皆さんのアイデンティティになるのだとその先生は言っていた。

ただ教えるだけではなくて、なぜそれを知るべきなのかまで丁寧に話してくれる先生ははじめてだった。

私は最後まで休まずこの先生の授業に出ようと思ったし、この先生のことをとても尊敬している。

 

いろいろな授業を受けているが毎日その端々で、こんな細かなことでもなにかしら感動することがある。

学んでいる内容で心が動くということは、やはり私はこの学科の分野が好きなのだと再確認させられる。

 

先生の地位がかつてより低くなったといわれる昨今ではあるが、魅力的な分野を研究しつづけ、その知識を私たちに授けて感動させることのできる先生という人たちは、やっぱりすごいなと思わざるを得ないのだ。

タバコってむずかしい

2020年の東京オリンピックに向けて、厚労省が飲食店やホテルなどのサービス業の施設を、原則禁煙とすることを検討していることが話題になっている。

どちらかいえば、喫煙者にとっては嘆かわしい、非喫煙者にとっては喜ばしいニュースといえよう。

 

私自身は喫煙者ではない。

一緒に住む家族では、父ひとりだけが喫煙者だ。

ヘビースモーカーというわけではないが、1日にひと箱ほど吸っているだろうか。そんな生活が20歳ごろから何十年も続いているようだ。

私が小学生くらいのときに一度禁煙をしていたような記憶があるが、いつの間にかまた吸いはじめていた。

 

父は家でタバコを吸うときは台所の換気扇の下かトイレかどちらかで吸っている。

一応こちらに煙が回らないようにしているようだがあまり効果はない。

換気扇を回していてもリビングのほうまで煙とにおいは来るし、トイレにもこもる。

 

物心ついたころからそんな環境ではあるから今さら受動喫煙だなんだと言う気にもならないが、正直私はあまり気持ちのよいものとは思っていない。

 

だからといって、喫煙者の友達もたくさんいるがその人たち個人を嫌だと思うこともまったくない。

タバコを吸うからその人が嫌いというわけではなく、私はただ誰かがタバコを吸っていて、その煙が流れてくるという事実が嫌なだけなのだ。

 

先日友達と食事に行った。

その友達は喫煙者で、よく学校の喫煙所で一服しているのを見かける。

ちょっと吸っていい?と聞かれ、いいよと言うと友達は赤マルを吸いはじめた。

 

真横で吸われても、その人自体にはまったく嫌悪感はない。

家でも毎日父が吸っているから慣れている。

それなのに、やはり体が嫌がっているのがわかる。

いつの間にか私は流れてくる煙を吸い込まないように自然と息を潜めていた。

 

友達に、おいしい?と聞いてみた。

おいしい。と友達は答えた。

煙がおいしいってどういうことなんだろう。

味がするのだろうか。においがおいしいのだろうか。

緑が豊かな丘に登って、空気がおいしいというのと同じようなことなのだろうか。

 

やはり吸っていない私にはわからないことだった。

私にとって副流煙はどれもただの煙だ。

 

タバコおいしい?の話から嗜好品の話になり、友達がこんなことを言っていた。

酒よりもタバコのほうがコスパ良い気がする。

聞いて一瞬意味がわからなかったが、友達が言うには、お酒は店で飲むと1杯300円とかそれ以上するし、何杯も飲むからけっこうかかる。それに対してタバコは1日1箱吸うにしても今はひと箱450円前後だから、こっちのが安いだろうということだった。

 

そんなコスパとか言うんだったらはじめから吸わなきゃいいのに…と言いそうになるのをグッと堪えた。

今はそういう話ではないのだ。

まぁ確かに言われてみればそうかもしれない。

タバコの値段がどんどん高くなっているとはいえ、そうやって考えてみると、そのときいたバルで何杯かお酒を飲むほうが高くつく。

 

喫煙者はあんなに高いお金を毎月はたいてなんでずっと吸い続けるのだろうかと思っていたが、経済面だけで考えると毎日数杯のお酒(店で)を飲んでいるほうがお金がかかるのかもしれない(私はお酒は3週間に一度くらいしか飲まない)。

 

だが、どうしても見過ごせないのは健康面だ。

この健康面においてお酒にくらべてタバコのほうがとやかく言われるのは、お酒で体を悪くしたのは自己責任といえるが、タバコは自分の意思とは別に受動喫煙をさせられることがあるからだろう。

新聞やネットニュースを見ていても、受動喫煙による肺がんのリスクが取り上げられた記事もよく目にする。

そういうものを見ると、やはり慣れてはいても家でタバコを吸われるのが嫌になってくるし、なにより本人が吸うのもやめてほしいなと思ってしまう。

 

でも、ようすを見ると父は安らいでいるように見えるし、友達も美味しそうに吸っているのでなかなかやめてとも言いづらいのだ。

だから、吸っているのを見つけたら毎回くどくど言うわけではないが、たまーに、ほんとにたまーに、大切な人にはタバコちょっと控えてみたら?と言うようにしている。

実は非喫煙者から喫煙者にタバコをやめろと言うのはすごく勇気がいることだったりする。

吸ってる者にしかわからないであろうタバコの良さを知らない身で、無条件にそれをやめろと言うのだから。

でも、煙たがられても、聞く耳を持ってもらえなくても、あなたの健康を思っていますよという気持ちが少しでも伝わればいいと思って私はそうしている。

結果、それが禁煙につながらなくてもそれはそれで仕方のないことだと思う。

 

私のまわりには、ヘビースモーカーから並みの喫煙者、すごくタバコに嫌悪感を持っている人まで様々な人がいる。

そして私は非喫煙者だ。

 

吸わない人は、健康に被害があるからという正論だけをふりかざしてむやみに喫煙者を迫害してはいけないし、

吸う人は、これは文化だ、吸わなきゃやってらんねぇよと煙が苦手な非喫煙者のいることを考えずに吸ってもいけない。

 

厚労省がどのように禁煙や分煙を進めていくのか動向が気になるところだが、私たちは自分の立場からの言い分だけではなく、相手のことも慮ってこれを議論していく必要があるのではないだろうか。

 

風邪を引いて声が出せなくなって

季節の変わり目の記事を書いておいて注意もしていたはずなのだが、まんまと風邪を引いてしまった。

熱が出て頭が割れそうで、2日間記事が書けなかった。

今日は喉以外の体は復活して学校にも来られているし、ただ風邪を引いただけでは悔しいので風邪を引いて考えたことを記事にしておこうと思う。

 

おとといの朝起きると喉がとても痛くて、どれだけ水を飲んでも潤わないほどにガラガラになっていた。

これはやばい、と思いルルを3錠飲んで学校へ行った。

 

その日は2限からで、最初は中国語の授業だった。

あぁ…よりによって語学か……。

これは先生が順番に生徒を指し、発音をさせるのがメインの授業だ。私の番がまわってきて、かろうじて指定された部分は読み切った。

授業が終わって、離れた席にいた友達と落ち合うと、声がガラガラすぎて誰だかわかんなかったと言われた。

自分では声がかすれていると思っていても他人からしたら平気そうに聞こえているということがあるので友達から言われてやっと確信した。

 

昼休みが終わり、4限になった。

PCを使った授業なので発言することがなく助かった。

だがもうこの時間になるとだんだん全身症状が出始めて、普通に座っているのもきつくなった。

 

風邪を引いたとき特有の全身のだるさがある。

だるさとは一口に言っても、みんながみんな同じような感覚でそれをだるさと言っているのだろうか。

私は、軽い筋肉痛が全身にまんべんなく霜降りのように出る感じだ。

全身の皮膚の表面が怪我の治りかけのような感覚になって、冷たいものに体が触れるとぞくっとする。

 

そんなことを考えているうちに授業も終わり、友達に言われるまま帰り道に地元の病院へ直行した。

病院で計ってみると熱も少しあった。

喉がいちばん痛かったが、そんなに赤くないと言われた。

いつも通りの診察もそこそこに、処方せんをもらい病院をあとにした。

薬局で30分ほど待ち、やっと呼ばれたころには熱と疲れでうたた寝してしまっていた。

 

家に帰ると頭痛のひどさに、もうなにもする気力が起きずメイクだけ落として倒れるように寝てしまった(メイクを落とさなかった翌朝の悲惨さを知っているから、どれだけしんどくても本能レベルで洗面所へと足が向くのだ)。

 

次の日、起きたときにはもう履修中の1限の科目が終わっている時間だった。

とりあえず起きてなにか少しでも食べて薬を飲まなければと思いベッドから這い降りた。

一歩歩くごとに頭の中からハンマーで殴られているようなひどい頭痛がした。

喉も砂漠化したかと思うほど水分がなく、喉と喉の壁がくっついてしまうのではないかと怖かった。

 

その日はあと4限と5限とバイトがあったが、起きていることも精一杯だったのですべて休ませてもらった。

残念ながら前日に引き続き記事も書けなかった。

ただ、全身の症状がピークに達していたが食欲はまだあったのでよかった。

食欲があるうちはすぐに復活できるという自分のなかでの目安がある。

 

そして1日寝てすごして今朝起きると、全身のだるさはほぼなくなっていた。

睡眠の力を思い知った。だからお医者さんたちも、とりあえず寝ろが決まり文句になっているのだな。

 

だが喉がまったく良くなっていなかった。

砂漠がさらに広がって深くなっている感じがした。

話そうにも痛すぎて思うように声が出せない。

これは困った。だが体は元気なのでとりあえず学校へ向かった。

 

教室で友達に会うと、あいさつもろくにできないので声が出せないことをジェスチャーで伝えた。

その要領で相づちを打ったり首をふったりで簡単な意思は案外伝わるものだということがわかった。

 

ただ意外と困るのが、言わなくても話は通じるけどニュアンスとしてつけ加えたかったようなことが気軽に言えなくなることだった。

細かく話したければスマホのメモ機能で筆談もできるのだが、会話の流れの早さにはどうしても指がついて行けないし、そういうニュアンス程度の言葉だと、流れに遅れてまで言うほどのことでもなくて、結局言わずじまいになってしまうのだ。

 

でも、言おうかな、でもなぁ、どうしよう、と考えているうちに結局話の流れに遅れてしまって言いたいことが言えないというようなことが、私は普通に生活していてもよくあるなと思った。

いま声がうまく出せなくなって、それが加速している気がする。

 

言えなかったもやもやが消えないときは、たいていそれについて頭の中で深く掘り下げて考えている。

そして小さな考えのまとまりができたときに、それを文にしてメモしておく。

その小さな考えのまとまりが何かしらのテーマでいくつか繋がったときにこうして文にまとめたりしている。

 

声に出して言えないことが増えると、その分飲み込まれた言葉は頭に戻って成長したり、深みが増したりする。

そのときはすぐに言えないもどかしさがあるけれど、長い目でみれば自分のなかで考えを確かなものにできる時間ともいえる気がする。

これが、風邪で喉をやられてうまく声が出せなくなって、言いたい言葉を何度も飲み込んで考えて、私が思ったことである。